ものかき雑兵日記

アマチュアでライトノベルを書いたりしている、へぼい物書きのブログです。当ブログでは小説に関する話題や、AC(アーマードコア)に関する話題などを掲載しております。

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(自分なりの)面白い話の書き方 3.人間を描く上で大切な要素 ③人物の変化

③人物の変化

 さて、前回の記事では「人物の葛藤」を扱いました。

 そして「人物の葛藤」は今回の記事のテーマである「人物の変化」と密接に関わっています。

 何故ならば、人間は何らかの内面的・外面的圧力がなければ、なかなか変化できない存在だからです。
 大抵の場合変化は大きな痛みを伴いますから、変化を無理やり起こさせるためには何らかの強制力が必要になるのですね。

 その内面的・外面的圧力を生み出すのが、前述した「葛藤」なのです。

 つまり、葛藤が原因で、変化が過程と結果、ということですね。


 さて……今回のテーマである「人物の変化」ですが、これが今回の「面白い話の書き方」の核です。

 「面白い話」を書くために最も重要となる部分であり、私が10年かけてやっとたどり着いた答えです。

 というわけで、自分の発見を大出血サービスで洗いざらいぶちまけちゃいましょう。


 本題に入ります。

 まず、人間は基本的に、時間と共に心身ともに変化する存在です。

 少なくとも、赤ん坊として生まれたときから、今に至るまで全く同じ状態だ、という方はいないと思います。

 ハイハイをしていた赤ん坊が立ち上がって、言葉が喋れるようになって、背が伸びて――といった風に、時間は確実に人間を変化させます。

 そしてこの変化は、人生の始まり(出生)から、人生の終わり(死)まで、淀みなく連綿と続きます。

 一秒後の貴方は、もう一秒前の貴方とは同一人物ではないんです。一秒後の貴方は、一秒前の貴方より、より多くの記憶や知識を得ているはずです。より多くの記憶や知識を得ている時点で、もはや同一の存在とはいえないでしょう。

 つまり、人間とは「常に変化し続ける存在」なんですね。生き物全般がそうだとも言えますが。


 そして、面白い話である「人間ドラマ」が、登場人物たちの「人生の延長線上」である、と考えられるならば、


 登場人物たちもまた、変化してしかるべきだ、ということになりませんか?


 多くの人(全員ではないですが)は、成長し、変化してゆく人間に深い共感を覚えやすいものです。

 それは、自分がこれまで成長し変化してきた記憶や経験が、物語の中で変化しつつある登場人物と、自分を、より重ねあわせやすくするからだと思います。

 「人はお話のどこを「面白い」と感じるのか?」で、人は自分と似た存在に共感を覚えるものだ、といいましたよね。全く同じことです。

 変化や成長に伴う、登場人物の行動や心の動きは、受け手の心に強い影響を与えます。、受け手の人生における、変化や、変化に伴う痛みや、変化に伴う行動、といった記憶が感情と共に呼び起こされるからこそ、受け手が強く影響されるのですね。

 さらに言えば、成長し進歩する登場人物や物語世界を見ることで、「自分もあのように、よりよく変化できるかもしれない。自分の周囲の世界も、変化するかもしれない」と受け手が思えるからこそ、「ストーリー」に深い感動を覚えることができるのだと思います。


 そして、葛藤が原因で、変化が過程と結果と冒頭で言いましたが、人物の変化とは「人物の葛藤が、ストーリーの過程で解決されること」とも言い換えられます。

 何らかの問題を抱えた人物が、その問題を解決してゆく過程で、自分の変化を受け手に証明してゆくからこそ、ストーリーが面白くなるのです。


 
 さて、ここで、この「登場人物の変化がストーリーを面白くする」という論を、具体例となる作品を挙げて実証してみます。



 ターミネーター2の登場人物の変化
 「ターミネーター2」 皆さんも良くご存知の傑作ハリウッドSF映画です。未来から2体の殺戮機械、ターミネーターが送り込まれ、一体は人類軍の司令官となることを決定付けられているジョン・コナーを護衛するため、もう一体はジョン・コナーを殺すために、追いつ追われつの戦いを繰り広げる作品です。


 さて、この作品の中で顕著に変化を遂げた登場人物なんですが、二人いると私は考えます。

 それは

 ターミネーター(T-800)
 サラ・コナー

 の二人です。


 ターミネーターの変化
 最初、ターミネーターは無骨で無感情なマシンととして、ジョン・コナーの前に現れます。

 この時点でのターミネーターは、再プログラムされているとはいえ、純粋な殺戮マシンであり、その知能は任務を遂行すること――ジョン・コナーを護衛することのみに向けられています。

 ですが、映画のある時点で転機が訪れます。それは、ターミネーターの頭脳チップのセキュリティを解除し、自己学習機能を有効にした時点からです。

 自己学習機能を有効にされたターミネーターは、様々なことをジョンやサラ、その他の人々との交流を通して学んでいきます。「I'll be back.(必ず戻る)」とか「Hasta la vista,baby.(地獄で会おうベイビー)」はジョンが教えた言葉でしたね。この言葉をターミネーターは、映画の要所要所で使うことになります。あとは、自動車の鍵が天井の日よけに入れられていること教えられて、後でそれをを有効活用したりとかw

 また、ターミネーターは初め、容赦なく人間を殺そうとします。殺人機械なのだからそれも当然なのですが、それをジョンに咎められ、人を殺さないように、と厳命されます。このジョンの命令は、後にサイバーダイン社で警察に囲まれたときに、忠実に守られています。ターミネーターはミニガンとグレネードランチャーで警察に応戦するのですが、ターミネーターは警察側に一人の死傷者も出すことなく、全ての攻撃を威嚇で終わらせています。

 最後に、ターミネーターの変化が決定的に描写されていたのは、ラストの溶鉱炉のシーンです。

 ターミネーターは自分自身の頭にある頭脳チップが新たな火種になることを予期して、自らを溶鉱炉に沈めてくれるよう、サラに頼みます。ですがジョンはそれに反対し、ターミネーターと別れたくないと言って涙を流します。

 ターミネーターはジョンの頬に流れる涙を指ですくい、「人間がなぜ泣くのか、今分かった。俺に涙は流せないが」と言います。

 このセリフによって、初めは殺戮機械でしかなかったターミネーターが、人間の感情を理解し、命の大切さを理解したことが証明されたのです。感情の無い殺戮機械に人間性が芽生えた――この成長の過程を見て、視聴者がその有様に深く共感できるのです。



 サラ・コナーの変化
 サラ・コナーは将来の人類軍の司令官であるジョン・コナーを生むことを運命付けられてきた女性です。

 そしてジョン・コナーの父親であるカイル・リースを、かつてターミネーターに殺されています。

 その結果として、サラ・コナーはトラウマとなるほどターミネーターに恐怖心を抱いており、また激しい怒りと憎悪を抱いています。

 このサラの心境が変化したのは、メキシコの荒野で、ジョンと遊ぶターミネーターを見てからでしょう。

 殺戮機械でしかないはずのターミネーターが、その実どんな人間よりもジョンの「父親役」を果たしていることを、サラが自覚します。いつ片時も離れず、家庭内暴力をふるうこともなく、ジョンの身を守るターミネーターは理想の父親そのものでした。

 だからこそサラはターミネーターにジョンを任せ、一人サイバーダイン社の設計主任を襲撃しに行ったのでしょう。

 また、サラの変化が最終的に決定付けられたのは、やはり溶鉱炉のシーンです。殺戮機械であるはずのターミネーターが命の価値を学ぶことができた、この事実に、サラは未来に希望を見出します。

 サラは元々、未来に希望が見出せず、これから訪れるであろう人類と機械の最終戦争に絶望を覚えていました(これはサラの夢――核の炎で焼かれる人々の夢として描写されていますね) しかし、サラはターミネーターの変容を通して、未来とは不確定なものであり、まだ希望もある、と考えを変えるのです。




 ここまで映画「ターミネーター2」の人物の変化を見てきましたが、いかがだったでしょうか。登場人物の劇的な変化がいかにお話を面白く、また魅力的にするかが分かっていただけたのではないかと思います。

 ターミネーターもサラも、二人ともが周りの人との交流や、事件を通して、大きく変化しています。その変化の過程が真に迫ったドラマで描写され、最終的に二人が永久的に変化したことが証明されるからこそ、作品が面白くなるのです。


 前作「ターミネーター」は、非常に良くできたSF映画でしたが、それでも名作「B級SF」という評価は拭えなかった感があります。


 ですが、「ターミネーター2」は文句なしに、ハリウッド映画界にその名を残す傑作となりました。


 「ターミネーター2」の評価は、お金のかかったCGや、激しい戦闘シーンやアクションの数々に対して与えられたものではありません。血肉を持った登場人物たちが登場し、それらの人物達の人間ドラマが描かれ、そして登場人物たちが永久に変化するさまが話の中で描写されるからこそ、これほどの評価を得られたのだと、私は思います。


 以上のように、登場人物の変化は、受け手の心に強く訴えかけるものがあります。同時に、その変化の落差が激しければ激しいほど、受け手に与える影響はより強くなります。



 つまるところ、物語の登場人物は変化するものであるし、また変化するべきである、ということです。

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