ものかき雑兵日記

アマチュアでライトノベルを書いたりしている、へぼい物書きのブログです。当ブログでは小説に関する話題や、AC(アーマードコア)に関する話題などを掲載しております。

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「面白いお話」って何ぞや?

 最近AC関連の話題しか書いてなかったような気がするので、ここらで小説論というか、シナリオ論っぽいものを書いてみます。一応このブログは、カテゴリが「小説・文学」ですので。


 今回のこの記事では、自分が普段思っている「面白い話」というものが具体的にどんなものか、というのをグダグダと考察します。なにぶん未熟者が書く文と論ですので、色々と抜けてたり詰まんなかったりすると思いますが、そこは勘弁してください。そういう場合は迷わずブラウザの「閉じるボタン」をクリックだ!


 ちゅーかそもそも、物書きがこういうことを語るのってものすごく邪道なんですけどね……物書きなら作品で語れという(以下略 
 なので大仰な小説論とかを語る人間(あるいは作品を書かずにそんなことばっか書いてる奴)は、大嫌いなんです。マジで糞して寝てろって感じです。でも今回の記事は(ry


 というわけで以下チラ裏です。



 今回自分が話すのはいわゆる「お話」というやつです。英語ではストーリー、ですね。これらが関わってくる表現媒体っつったら、小説、漫画、映画、アニメなどでしょうか。方法論などはそれぞれのジャンルごとにかなり異なっていますが、根っこにある要素はおんなじです。


 お話は、おおよそ二つの要素に分離できます。
 それは、キャラクターと、シナリオですね。

 キャラクターは、お話の中の人物たちです。人間とは限りませんが、話を彩り導いてゆく人格たちです。

 シナリオは、話の流れそのものです。どういう事件が起こって、どういう風に場面が移っていって、人物たちがどう行動して、最後にはどんな終わり方をするのか? っていう感じの。


 じゃあ、この二つの要素をどう作れば、面白い話になるんでしょ?
 以下に、それぞれの要素ごとに考察をしてみます。



 キャラクター

 いわゆる「面白い話」のキャラクターというのは、すべからく受け手(読者や視聴者)には魅力的に見えます。
 善人、悪人、変人、馬鹿などそのありようは様々ですが、それら魅力的な人物には共通した要素があります。

 それは、「思考と行動に一本の筋が通っている」ということです。

 はい、これだけでは何のことか分からないと思うので、もっと詳しく書いてみます。

 一本の筋というのは、そのキャラの根幹を成す主義やより所のことです。例えば正義の味方なら「弱きものを慈しみ、暴虐を憎む心」でしょうか。悪人なら「己の欲望に忠実で手段を問わないところ」かな?
 受け手が魅力的に思うキャラというのは、こういった何かしらの「柱」を持っているわけです。そしてキャラの思考や行動が、このような「柱」に沿って行われていると、魅力的に見えるわけです。
 もちろん、こういったキャラが自分の心や行動を曲げねばならない場合もあるでしょう。でも、そういうときにも、きちんとした思考の変化の過程や、理由が描写されていれば、受け手はその変化に順応できます。んで、そういう変化を喜んだり、悲しんだりできるわけです。


 それでですね、いわゆる「受け手から愛されないキャラ」というのが居ますよね。某種のキ○とか、Scho○lDaysの伊藤某とか(ry

 奴らはですね、思考と行動に筋が入ってないから嫌われるわけです。簡単に言えば、考えてることと言ってること、やってることがぜんぶちぐはぐで乖離してるがために、受け手に憎まれるわけです。
 現実でもいますよね、二枚舌で、表ではいい顔をしてるくせに裏で汚いことを画策している奴とか。
 こういうのも、行動に筋が通ってないがために嫌われることの好例でしょう、誠氏ね。


 それでまあ、好まれやすいキャラの条件っていうのもあるんですが。「否定的なよりは肯定的な態度を取る人物の方がいい」ってとこでしょうか。現実でも、愚痴ばっか言っている人間よりは、朗らかなほうが好感を持てるに決まってますし。
 あるいは、「否定的だったけど、最後には肯定的になる」というのも好感をもたれますね。
 一番ダメなのは「最後まで、もしくは最後に否定的になってしまう」ってやつです。これは救いようがないです。



 シナリオ

 シナリオの面白さの要素っていうのは、これまたおおよそ二つに分けられまして。
 それは知的な要素と、感情的な要素に分けられるかと思います。


 知的な要素というのは、思考の過程を楽しむものと、新しい知識との遭遇がありますね。

 思考の過程というのは、そのキャラの考え方や、そこから導き出される行動に興奮や共感、あるいは失望を覚えるものです。情報を分析し、そこから戦略を立て、そしてどのように行動するか、という他人の頭の中をのぞき見る感覚です。これに特化した小説が、推理小説やスリラー小説です。
 新しい知識というのは、文字通り新しい事実や事物に触れる喜びを、話の中で体験することです。自分の知らなかったものやことを知る、知識欲と直結した楽しみです。


 感情的な要素というのは、そのまんまです。そのキャラの感情の動きに感情移入し、自らもその話に没入して、楽しむことです。喜びや怒り、悲しみという根源的な感情だけでなく、人物同士の心の機微に触れることもまた、感情的な要素に含まれるかと思います。これに特化した小説が、いわゆる恋愛小説です。


 面白いシナリオというのは、これらの知的・感情的要素をうまくミックスし、さらに話の流れが起伏に富むように構成されています。さらに言えば、話の筋道が通っていて、プロローグからクライマックス、エピローグまでがきちんと一本の道になっているものが、良いシナリオと呼ばれるものです。逆に寄り道ばっかしているシナリオは散漫になりがちで、受け手の興味を損ないかねないという点からもすすめられません。



 技術だけでは表すことができないもの

 とまあ、ここまで書いてきたわけですが。上に書いてあることは、いわゆる「技術」です。こうすれば面白くなるよー、という指針です。
 確かに、上のようなガイドラインに従えば、無難な作品になる可能性はあります。ですが、「お話」には、そういった技術だけでは表すことのできない「なにか」も、また含まれているのです。

 テーマ、作者の個性、作者の人生観など色々と言い方はあるかと思いますが、私はそれを「魂」と呼ぶことにしています。
 話を作る人の心の欠片、いわゆる魂の一部がお話に宿ることで、その話に「命が宿ります」 これのない作品というのはどこか薄っぺらで、浮ついたものになります。お話に最後に命を宿すのは、創作者自身、つまり人間の仕事なのだと、私は思っています。


 そして世界的な文豪が短命なのは、こういった「魂」を削りすぎたためだったのではないかな? と思ってもいるのです。



 自分の拙い文章をここまで読んでくれてありがとうございました。物書きの端くれとして、この文があなたの糧になってくれたらいいな、と願ってやみません。
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コメント

旧名テスト先生

名前に「先生」とつくのが見直すとどうにも偉そうなので、改めて別の名前を名乗らせて頂きます。

技術だけでは表せないものは間違いなくありますし、でも心だけでもやっぱり書き切れない時ってありますよねぇ。
自分のそれが及ぶか劣るかはさておき、そういう時になんでもっと上手く書けないのかなぁと歯痒い思いをしますね、やっぱり。
多分、どっちも両立できてやっと良い作品なんだろうなぁと。だから「気持ちだけなら誰にも負けない」みたいな言葉は、言い訳みたいで(自分が言うのは)あんまり好きじゃなかったりします。

もっと突っ込んだ長文で一晩語り明かすぐらいの勢いでお話したいのですが、完全にコメントの域を逸脱するのでやめときますw

  • 2008/05/05(月) 22:30:48 |
  • URL |
  • 69式 #HfMzn2gY
  • [ 編集]

文豪は得てして短命
そうですね、日本にも多くの著名者がいますがそれら多くが非業の死を遂げていますしね、中には人生そのものが悲劇であり煉獄の如き救いの無い人生を送った人もいますね(極端な例ですが)、そう言った人々はそれこそ自分の作り上げた作品の中に自身を照らし合わせているのでは無いのかと、しかし余りにも強く想うが故にその作品の描写や心情があたかも自らが行った事のように脳裏に染み付いてしまい精神を削ぎ落とし、結果として自ら死を選んでしまう。
実際心情云々の話しを構成するのってすんごい気力を使うんですよね、鬱系なら尚の話です。
諸所かなりハショリましたが、完全にするとキリが無いので止めときます。
機会があればまたバーキコでも

  • 2008/05/06(火) 02:07:18 |
  • URL |
  • AMIDA #-
  • [ 編集]

↑AMIDAです
名前書くの忘れてました;
  

  • 2008/05/06(火) 02:09:49 |
  • URL |
  • AMIDA(羽化したい年頃 #-
  • [ 編集]

どっかの龍之介は自分の作品に食い殺されたとか・・・

雑兵さんもお気をつけて^^

  • 2008/05/06(火) 08:13:59 |
  • URL |
  • エン #-
  • [ 編集]

>テスト先生
 ああ、そういう歯がゆさはやっぱりありますよね。自分の技術が足らなくて、考えていることを完璧に吐き出せないときなどは非常にイライラします。
 でも、そこで言い訳したら終わりなんですよね。書き上げた作品しか評価されないですし、なによりそれを評価するのは読者ですから(自分はこんなにがんばったんだぞ~なんて言ってもダメですから。そんなのは犬のエサにもならんですよ。結果が全てなのです)

>AMIDA
 ですね。文豪の人の中には、悲惨な人生を送った方も数多く居られます。ですが、そんな人生だったからこそ、誰にも書けないような作品を後世に残したのだとも言えます。
 そして、それら作品に費やしたパワーも並大抵なものではなかったのでしょうね。太いろうそくは早く燃え尽きるっていいますが、正にそんな感じでしょうか。

>エン
 芥川氏は相当ヤバかったらしいですが……。
 自分にはそれほどの才覚も覚悟も無いので、作品で死ぬようなことも無いと思います、ええ(笑)

  • 2008/05/06(火) 14:55:22 |
  • URL |
  • 雑兵 #-
  • [ 編集]

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